本谷有希子『異類婚姻譚』は現代の家族を描く説話であり「離婚」を虚構の世界に落としこんだ妙作だった
小説を書けるようになるためには、まずは読まなければ。
しかも、ただ読むのではなくて全体の構造を理解したり、展開のさせ方や話題と話題の繋がり方を意識したり。「まるで国語のセンター試験対策のようではないか」、などと思いつつも、しょっぱい努力を怠らない人間になろうと意を決し、題材として手に取ったのは、本谷有希子著『異類婚姻譚』だ。
実は本谷有希子の小説を手に取るのは、『ぬるい毒』以来のこと。大学2年の失恋直後あたりに、ジメジメした薄暗い部屋での読後感の悪さに圧倒されて、本谷有希子の書いた本には手を出せていなかった。
『異類婚姻譚』の意味はこちら。
異類婚姻譚(いるいこんいんたん)とは、人間と違った種類の存在と人間とが結婚する説話の総称。 世界的に分布し、日本においても多く見られる説話類型である。 なお、神婚と異類(神以外)婚姻とに分離できるとする見方や、逆に異常誕生譚をも広く同類型としてとらえる考え方もある。
文中、主人公が「三枚のお札」「耳なし芳一」といった昔話の名称を出すシーンがあるのだが、この話自体が説話のようだと感じられるのは、タイトル以上にこうした小技によるところなのかもしれない。
ただ、解説でも書かれている通り、これは現代小説。
クライマックスで描かれるシーンでは、古来から変わらぬ「女」という生体の精神的な強さがくっきりと浮かびあがる。それでいて、男という性にも身を粉にして働くこと以外の生き方の選択肢が与えられているし、専業主婦も楽じゃあないといった時代の価値観が反映されている。
この小説はどう書かれているのか、以下に整理しておく。
※ここからはネタバレがありますので、先に本を読んだ人だが読むのをお勧めします。
<あらすじ>
ある日、専業主婦のサンちゃん(主人公)は、旦那と自分の顔が似て来ていることに気づく。サンちゃんは旦那との暮らしを続ける中、旦那の目・鼻・口が元の場所になく容貌が崩れて人間ではない妖怪のようなものに変形している場面に度々遭遇する。その理由を、家の外の人との関わりを通して理解しつつ、一旦は互いが交わり合うことを許容したサンちゃんだったが、旦那の醜い姿の中に同じくして醜い自分の姿を見出した彼女は、旦那と自分を切り離す選択をする。結果、旦那は人間の形を捨て、別の生きものになり、再び同種の生きものと混じり合う──
<構造>
話は大きく2つに分かれていて、中盤までは並行して進んでいく。
主人公のサンちゃんと旦那の話
主人公のサンちゃんと近所に住むキタヱさんが猫を捨てにいく話
物語の終盤で、実際に猫のサンショを山に捨てたことが、サンちゃんと旦那の関係に変化を与えるきっかけになり、結末では猫と旦那が同じく他者によって山に捨て置かれる。
そして説話のように、起承転結が明確である。
起:
主人公サンちゃんと旦那の間に、これといった特別な出来事は起きず、あくまで日常の何気ないシーンが連続する。旦那がどういった人物なのかは、特徴的なシーン(サンちゃんの弟に対する不遜な態度をとるシーン、外で痰を吐き近所の人と揉めるシーン)の描写で説明がされる。
承:
キタヱさんの飼い猫を山に捨てにいく理由や実際に群馬の山に捨てられにいくまでの描写が書かれている。また、主人公の弟とその彼女ハコネちゃんの関係性やハコネちゃんの結婚観を聞き、自分たち夫婦の顔が似てきた理由をサンちゃんが理解する。
転:
猫を山に捨てにいく行為、その最中でのアライ主人(キタヱさんの旦那)の言葉をきっかけに、サンちゃんが夫に本音をぶつける。そこで、旦那もまた自身の狡猾な本音を見抜いていることに気づき、旦那の中に自分の醜い姿を見出す。
旦那に対して、「私の真似をするな」「私以外のものになれ」と吠えたところ、旦那は人間の姿から別の生きものの姿に変わる。
結:
以前旦那の姿をしていたそれを、猫を捨てた山に......翌年、同じ場所を訪れると、ただし、その姿はすぐ隣にあるそれと見事なまでに酷似していた。
<解釈>
猫のサンショは、山に捨てられて「生きていけない」ことが前提だったが、旦那は違う。旦那らしく「生きていきなさい」というメッセージが込められつつ、それは山に置かれる。
これは現実世界でいうところの離婚を表すのかもしれないが、忌み嫌い、憎み合った末の別離ではなく、「互いに別の道を歩み幸せになりましょう」という前向きな意味をもつ現代の離婚に通ずるところがあるように感じた。それも女が切り出す方のやつ。
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全体を通して、一瞬、一瞬の違和感を見逃さず分かりやすく描くためのシーンの切り取り方が秀逸だった。
現代社会や身の回りで起こっていることを描こうとすると、ありがち〜〜〜な話になるのを、虚構の世界を交えて越えてくる感じ、そしてそれを破綻せずに書ききる力量たるや......。
芥川賞の価値は、私ごときが分かるものではないのだけど、芥川賞を取るべくしてとった妙作なのだろうなと感じた。
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とはいえ、諦めきれずやはり私も書きたいので喰らいついていくのだ。
続いて、『異類婚姻譚』のストーリー展開手法や表現方法で、自身が応用できそうだと感じたところをまとめます。