見つけておねがい見つけないで

幸福は証明できない

カッコつけた言葉では嘘になるから、やっぱり率直な言葉で語らせてくれ、椎名林檎と東京を

 

カッコつけた言葉をたくさん使ってしまった。反省している。 

arama.hatenadiary.jp

 

違う違う違う、読むに耐えないかもしれないけどここは刹那の墓場。

十年余り椎名林檎の愛好家をやっているというだけのただの一般人、ただのOL。

率直な言葉で語った方がいい。

 

 

もうね、あの椎名林檎が”TOKYO”という歌を歌うんですよ。

ついに東京ですよ。正しい街を聴いて、百回も二百回も三百回も聴き続けて、自分が福岡県出身じゃないことを呪いまくって、百道浜室見川も見たことがないことを恨んで、正しい街なんてないと嘆いて。

そんな頃合いに<東京>ときたらもう泣いちゃうでしょうよ、タイトルを見ただけで。

 

 

最初タイトルを見たときは、いやもうそれ『静かなる逆襲』でやったんじゃないかって思ったんだけど、全然違った。予想を大きく裏切ってきたね。

椎名林檎になってまで商業抜きでこんな孤独を感じることがあるのかと思うと、高校時代の国語教師に言われた「どんな道を選ぼうと人生そうは変わらない」の言葉を思い出してしまう。それぞれの人がそれぞれの道を生きているわけだけど、その歌を聴いた人やその物語を読んだ人が「これは自分のために書かれたものだ」と感じさせる力こそ、音楽家や作家の力量と言わざるを得ないよね。はあ。遠すぎやしないか。

 

 

そして彼女が今出している曲、今というか『三文ゴシップ』『日出処』そして今作『三毒史』には心からの共感ができないことが口惜しい。でも人生が楽しみになる。将来味わう感情を小出しにされている感覚がして。

『無罪』『勝訴』『加爾基』に始まる三部作と、彼女が20代の頃に出した曲は理解できる。ああその感情知ってる!ってなれる。でも一気に『三文ゴシップ』からは遠くなってしまった。もう少し歳をとれば分かるのだろうけど。

 

 

東京はいい街だ。仕事の関係で東京を離れていた時、新宿タカシマヤへと続く謎の橋の上からその夜景を眺めたときに、「もし私に力があったらペンだけ持ってここに戻ってくるのに」なんて思ったことが懐かしい。結局、なんの力もないし、ろくにペンも持ってないけど、こうして、のこのことこの街に戻ってきて、需要のない排泄を繰り返している日々。だけど今日もこの街は賑わっていて優しいよ。

私のことなんて見ているんだか、見ていないんだか。

安心感でいっぱいだよ、あったかくて大好きだよ、東京。